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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)127号 判決

アメリカ合衆国

12305 ニューヨーク州 スケネクタディ リバーロード 1

原告

ゼネラル エレクトリックカンパニイ

代表者

アーウィン エム クリットマン

訴訟代理人弁理士

生沼徳二

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

小谷一郎

吉村宅衛

櫻井義宏

廣田米男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成7年審判第11920号事件について平成8年1月30日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年7月17日、名称を「冗長な導体構造を持つ薄膜FET駆動形液晶表示装置」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和61年特許願第166885号。1985年7月19日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権主張)をしたが、平成7年2月21日に拒絶査定がなされたので、同年6月12日に査定不服の審判を請求し、平成7年審判第11920号事件として審理された結果、平成8年1月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年3月11日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加されている。

2  本願発明の特許請求の範囲1に記載されている発明の要旨(別紙図面A参照)

少なくともその一方が透明である1対の平坦な基板と、該基板の間に配置され且つ収容された所定量の液晶材料と、前記の少なくとも一方の基板の上に配置された画素電極の配列と、他方の基板の上に配置された少なくとも1つの大地平面電極とを有し、こうして液晶材料が前記画素電極及び大地平面電極の間に配置され、大地平面電極及び画素電極の配列の内の少なくとも一方が透明であり、更に、前記画素電極に付設された薄膜電界効果トランジスタ・スイッチ素子の配列と、1組の導電データ線と、1組の導電ゲート線とを有し、前記データ線はその長さの少なくとも一部分にわたって伸びる多層構造を持っており、該多層構造は絶縁層を含むと共に、該絶縁層の上及び下に配置されて、前記データ線の長さの一部分に沿って互いに電気的に接触している導電金属で構成された2つの導電層を含み、前記スイッチ素子、前記データ線及び前記ゲート線が、前記ゲート線に存在する信号と前記データ線に現れる電圧を印加することにより画素電極を選択することが出来る様に電気接続されており、前記ゲート線及び前記データ線が前記多層構造の前記絶縁層により互いから絶縁されており、前記多層構造の前記絶縁層が前記ゲート線を横切って伸びていて、このため前記データ線がほぼ垂直な階段形の不連続部を通ることなく前記ゲート線を横切って伸びていることを特徴とする液晶表示装置

3  審決の理由の要点

(1)本願発明の要旨は、その特許請求の範囲1、16、18、35、41、45及び51記載の「液晶表示装置」にあると認められるところ、その1記載の発明(以下、「本願第1発明」という。)の要旨は前項のとおりである。

(2)これに対し、昭和59年特許出願公開第97178号公報(以下、「引用例」という。別紙図面B参照)には、「基板8と対向基板10と、基板8と対向基板10の間に配置され且つ収容された液晶と、基板8の上に配置された表示電極4の配列と、対抗基板10の上に配置された透明導電膜9とを有し、液晶が表示電極4及び透明導電膜9の間に配置され、表示電極4に付設されたTFTの配列と、1組のソース線と、1組のゲート線とを有し、このソース線は、層間絶縁層15を含むと共に、層間絶縁層15の下に配置されたソース線2及び上に配置された第2ソース線18の二層配線を含み、ソース線2及び第2のソース線18はコンタクトホール16によりソース線の長さの一部に沿って互いに電気的に接触した構成とし、ソース線2は導電性を示す半導体層を有する配線であり、第2ソース線18はソース線とゲート線の交差部と交差部とを接続する金属層で構成する配線であり、前記TFT、前記ソース線及び前記ゲート線が、前記ゲート線に存在する信号と前記ソース線に現れる電圧を印加することにより表示電極4を選択することが出来る様に電気接続されており、前記ゲート線及び前記ソース線が層間絶縁層15により互いから絶縁されており、層間絶縁層15が前記ゲート線を横切って伸びており、ソース線の二層配線の一つであるソース線2は基板8に沿ってまっすぐ前記ゲート線を横切って伸びている液晶表示装置」が記載されている。

また、引用例には、第2のソース線18は2ケ所のコンタクトホール16によりソース線2と接続されているが、接触面積を増加して、より安定で低抵抗の配線としてもよいこと、さらに、従来のマトリクス型液晶表示装置に用いるTFTアレーにおいて、ゲート線とソース線はアルミニウム等で構成されていると低抵抗の配線が得られる一方で、両配線の交差部で短絡が多発しやすく、ゲート線に半導体不純物をドープした多結晶シリコンを用い、ソース線にアルミニウム等を用いた場合は、両配線の交差部で短絡が起こりにくい一方で、ゲート線が金属より高抵抗になるという欠点があることが記載されている。

(3)本願第1発明と引用例記載の発明とを対比すると、引用例記載の

「基板8と対向基板10、液晶、基板8、表示電極4、対向基板10、透明導電膜9、TFT、ソース線、層間絶縁層15を含むと共に、層間絶縁層15の下に配置されたソース線2及び上に配置された第2のソース線18の二層配線を含み、ソース線2及び第2のソース線18はコンタクトホール16によりソース線の長さの一部に沿って互いに電気的に接触した構成、二層配線、ゲート線、層間絶縁層15」は、それぞれ、本願第1発明の

「少なくともその一方が透明である1対の平坦な基板、液晶材料、前記の少なくとも一方の基板、画素電極、他方の基板、少なくとも1つの大地平面電極、薄膜電界効果トランジスタ・スイッチ素子、導電データ線、多層構造、2つの導電層、導電ゲート線、多層構造の前記絶縁層」

に相当し、また、引用例記載の「ソース線の二層配線の一つであるソース線2は基板8に沿ってまっすぐ前記ゲート線を横切って伸びている」は、実質的に、本願第1発明の「前記データ線がほぼ垂直な階段形の不連続部を通ることなく前記ゲート線を横切って伸びている」に相当する。

したがって、本願第1発明と引用例記載の発明とは、「少なくともその一方が透明である1対の平坦な基板と、該基板の間に配置され且つ収容された所定量の液晶材料と、前記の少なくとも一方の基板の上に配置された画素電極の配列と、他方の基板の上に配置された少なくとも1つの大地平面電極とを有し、こうして液晶材料が前記画素電極及び大地平面電極の間に配置され、大地平面電極帯び画素電極の配列の内の少なくとも一方が透明であり、更に、前記画素電極に付設された薄膜電界効果トランジスタ・スイッチ素子の配列と、1組の導電データ線と、1組の導電ゲート線とを有し、前記データ線はその長さの少なくとも一部分にわたって伸びる多層構造を持っており、該多層構造は絶縁層を含むと共に、該絶縁層の上及び下に配置されて、前記データ線の長さの一部分に沿って互いに電気的に接触している2つの導電層を含み、前記スイッチ素子、前記データ線及び前記ゲート線が、前記ゲート線に存在する信号と前記データ線に現れる電圧を印加することにより画素電極を選択することが出来る様に電気接続されており、前記ゲート線及び前記データ線が前記多層構造の前記絶縁層により互いから絶縁されており、前記多層構造の前記絶縁層が前記ゲート線を横切って伸びていて、このため前記データ線がほぼ垂直な階段形の不連続部を通ることなく前記ゲート線を横切って伸びていることを特徴とする液晶表示装置」

である点で一致し、次の点において相違する。

「データ線の2つの導電層が、本願第1発明においては導電金属で構成されているのに対し、引用例記載の発明においては、導電金属と導電性を示す半導体層で構成されている点」

(4)判断

トランジスタ・スイッチ素子の配列を有する液晶表示装置において、データ線を導電金属で構成すること自体は周知技術である(例えば、昭和59年特許出願公開第171926号公報、昭和54年特許出願公開第20692号公報参照。引用例にも、従来技術として記載されている。)。

このような周知技術を考慮すれば、引用例記載のデータ線の2つの導電層を特に導電金属で構成し、相違点に係る本願第1発明の構成を得ることは、当業者が容易に想到できたことである。そして、本願第1発明が奏する効果は、引用例記載の発明あるいは上記周知技術が有する効果以上の格別なものではない。

(5)以上のとおり、本願第1発明は、上記周知技術を考慮すれば、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

引用例に審決認定の記載が存することは認める。しかしながら、審決は、引用例記載の技術内容を誤認した結果、本願第1発明と引用例記載の発明との一致点の認定及び相違点の判断を誤り、本願第1発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)一致点の認定の誤り

審決は、引用例記載の「基板8と対向基板10」は本願第1発明の「少なくともその一方が透明である1対の平坦な基板」に相当するから、本願第1発明と引用例記載の発明とは「少なくともその一方が透明である1対の平坦な基板」を要旨とする点において一致すると認定している。

しかしながら、引用例記載の発明は、別紙図面Bの第7図に示されているように、基板8の表面に溝を形成し、その溝にソース線(又はドレイン線)2を形成するものであるから、基板8が「平坦」であるというのは誤りである。

そして、本願第1発明は、食刻等により基板に溝を形成する工程を不要とすることによって、液晶表示装置の製造をより容易にする作用効果を奏するものであるから、上記一致点の認定の誤りが、本願第1発明の進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

(2)相違点の判断の誤り

審決は、本出願当時の周知技術を考慮すれば、相違点に係る本願第1発明の構成は当業者が容易に想到できた旨説示している。

しかしながら、本願第1発明と引用例記載の発明は、技術的課題(目的)、構成及び作用効果のいずれにおいても異なっているから、審決の上記説示は誤りである。すなわち、

〈1〉 本願第1発明の技術的課題がデータ線とゲート線との交差部の段差によって開路する欠陥をなくし、液晶表示装置の歩留りを高めることであるのに対し、引用例記載の発明の技術的課題は、ゲート線とソース線(又はドレイン線)との交差部において短絡が多発しやすいという欠点を除去することであって、両者は解決すべき技術的課題を異にする。引用例記載の発明においては、層間絶縁膜15の上側と下側にゲート線1とソース線(又はドレイン線)2がそれぞれ配置されていて、両者の交差部において垂直な段を構成しないから、本願第1発明のような課題は存しない。

〈2〉 また、引用例記載の発明は、前記〈1〉の技術的課題を解決するために、ソース線(又はドレイン線)2を、導電金属ではなく、殊更に「導電性を示す半導体層」で構成しているのである。したがって、引用例記載の発明における「導電性を示す半導体層」を「導電金属」に置き換えるという発想は、およそ生ずる訳がない。

〈3〉 さらに、本願第1発明は、データ線の2つの導電層をいずれも導電金属で構成し、導電性を高く(したがって、抵抗を低く)しているため、すべての画素電極にほぼ同一の信号電圧を印加することができ、表示画面全体に一様の輝度とコントラストを得ることができる。これに対し、引用例記載の発明は、データ線の導電性をあえて犠牲にして、前記交差部のゲート線及びソース線(又はドレイン線)を半導体層で形成し、抵抗を高くしているので、本願第1発明の上記のような作用効果を得ることはできない。

したがって、これらの差異点を全く考慮せずになされている審決の相違点の判断は、明らかに誤りである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願第1発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  一致点の認定について

原告は、引用例記載の「基板8と対向基板10」が「平坦」であるとする審決の認定は誤りである旨主張する。

しかしながら、液晶表示装置において、液晶を封入する一対の基板の間隔は液晶の表示特性に極めて大きな影響を与えるので、各基板をできる限り平坦なものにすべきことは、乙第2ないし第5号証記載のとおり、本出願前における技術常識である。したがって、引用例記載の「基板8と対向基板10」も、上記技術常識に適うような「平坦」なものであることは自明である。

この点について、原告は、別紙図面Bの第7図を援用して、引用例記載の発明は基板8の表面に溝を形成し、その溝にソース線(又はドレイン線)2を形成するものである旨主張する。

しかしながら、基板8に溝を形成することについては、引用例の発明の詳細な説明には何らの記載もないし(引用例の3頁左上欄19行ないし右上欄8行の記載によれば、引用例記載の発明のソース線(ドレイン線)は、基板の表面に形成した半導体に、高濃度の半導体不純物を選択的に拡散して配線されるものである。)、そもそもソース線(ドレイン線)はÅ単位の極端に薄いものであるから、仮にこれを配線するための溝を形成したとしても、前記技術常識の範囲の「平坦」性が失われることはないというべきである。

2  相違点の判断について

(1)原告は、本願第1発明と引用例記載の発明は解決すべき技術的課題を異にする旨主張する。

しかしながら、液晶表示装置において、データ線とゲート線が交差する点における垂直又は垂直に近い側壁構造による線開路欠陥を少なくするという技術的課題は、例えば昭和60年特許出願公開第97386号公報(以下、「乙第6号文書」という。)あるいは昭和60年特許出願公開第66286号公報(以下、「乙第7号文書」という。)に記載されているように、本出願前に当業者にとって周知の事項である。そして、引用例記載の発明も、本願第1発明と同様にデータ線及びゲート線の交差部の絶縁層内の垂直又は垂直に近い側壁構造による導体の開路の防止の機能を発揮し、効果を奏するものであるから、交差部の開路防止はその発明ないし設計過程において実質的に考慮されていた課題とみることができるから、原告の上記主張は当たらない。

(2)原告は、引用例記載の発明はゲート線とソース線(又はドレイン線)2が交差する点における短絡を防止するためソース線(又はドレイン線)2を殊更に「導電性を示す半導体層」で構成しているのであるから、これを「導電金属」に置き換えるという発想はおよそ生じない旨主張する。

しかしながら、引用例記載の発明は、データ線を周知技術のとおり導電金属で構成することを認識しつつも、前記交差部における短絡の防止のため導電性を示す半導体層で構成し、しかも、高抵抗となる欠点防止のためデータ線の少なくとも一部を導電金属で構成しているのであって、データ線を周知技術どおりに導電金属とする構成も示唆しているから、この周知技術を適用し、データ線の2つの導電層を導電金属とする構成を採用することに何らの困難もないことは当然である。

(3)原告は、本願第1発明はデータ線の2つの導電層をいずれも導電金属で構成し導電性を高くしているため、すべての画素電極にほぼ同一の信号電圧を印加でき、表示画面全体に一様の輝度とコントラストを得ることができるが、引用例記載の発明ではこのような作用効果を得ることはできない旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、引用例記載の発明において、相違点に係る本願第1発明のような構成とすることは当業者にとって容易に想到できたことであり、その結果得られた構成によれば、導電性が高く低抵抗となるという効果が生ずるから、これをもって格別な効果とはいえない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)、3(審決の理由の要点)、及び、引用例に審決認定の記載が存することは、いずれも当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証の1(特許出願公開公報)及び2(手続補正書)によれば、本願明細書には本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、液晶表示(LCD)装置のx及びyアドレス線に対して設けられる冗長な導体構造に関するものである(公報4頁左上欄1行ないし3行)。

液晶表示装置は、1対の平坦なパネルに、所定量の液晶材料を密封して収容することによって構成されるが(同4頁左上欄4行ないし6行)、一方のパネルは、1個の透明な「大地平面」電極によって完全に覆われる場合が多く、その反対側のパネルには、「画素電極」と呼ばれる透明電極の配列が設けられる。そのため、液晶表示装置のセルは、画素電極と大地平面電極との間に配置された液晶材料を含み、事実上、前側パネルと後側パネルとの間に配置されたコンデンサを形成することになり、2つのパネル及びその上に設けられた電極のうち一方だけが透明であることが要求されることになる(同4頁左上欄10行ないし20行)。

液晶表示装置の典型的な動作は、画素電極に印加された電圧が液晶材料を光学的に変化させ、スクリーンに情報が表示されるものであるが(同4頁右上欄1行ないし6行)、個々の画素を逐次的にオン・オフするためには薄膜半導体スイッチ素子、特に薄膜電界効果トラジスタ(FET)で構成したものが好ましい(同4頁左下欄2行ないし9行)。

画素は、行及び列の矩形配列に配置され、個々の画素電極にはそれ自身のスイッチ装置が付設される(同4頁左下欄13行ないし15行)。個々のスイッチ装置がデータ線及びゲート線に接続され、各線に電気信号を同時に印加すると、各画素を独立にアドレスすることができる。したがって、1組の平行なデータ線を設けて、水平方向(x方向)でセルをアドレスするとともに、1組の平行なゲート線を設けて、垂直方向(y方向)でセルをアドレスする(同4頁左下欄15行ないし右下欄3行)。

ところで、薄膜FET駆動形の液晶表示装置においては、アドレス線(ゲート線及びデータ線)は全て連続していなければならないが、例えば400×400個の画素セルを持ち、解像度が4本/mmであるマトリクスを有する装置では、アドレス線の全長が100,000mmに及ぶので(同4頁右下欄17行ないし5頁左上欄3行)、多くの製造工程において欠陥が生じ得る(同5頁左上欄5行ないし7行)。特に、アドレス線の欠陥は、例えば食刻された絶縁層内の垂直あるいは垂直に近い側壁構造を金属線が通る場合、段の覆いが不満足である結果として生ずるが、このような段は、水平の線と垂直の線が上下に交差する点において典型的に現れる(同5頁左上欄11行ないし17行)。

本願発明の目的は、アドレス線が開路する確率を引き下げ、かつ、液晶表示装置の歩留りを高めることである(同5頁左上欄19行ないし右上欄2行)。

(2)構成

上記目的を達成するために、本願発明は、その要旨とする構成を採用したものである(手続補正書2枚目2行ないし10枚目8行)。

本願発明において最も重要な構成は、データ線及び絶縁層を含むデータ線構造である(公報6頁右上欄15行ないし17行)。すなわち、データ線は、その長さの少なくとも一部にわたって伸びる多層構造を持ち、そのうちの少なくとも2層が、その長さの一部分に沿って電気的に接続する導電材料で構成されるから、データ線はその長さに沿って90%までの冗長度を持つことになる(公報5頁左下欄4行ないし9行)。

このようにデータ線の上側層と下側層との間に絶縁層が存在すること、及び、絶縁層の形によって、データ線の上側層は、ゲート線との交差部においても、急俊な段を生ずることがない。そして、幅の狭い絶縁層の両側で、上下のデータ線の導電層の間を段構造に沿って電気的に接触させるが、段構造が長いため、長さに沿ったどこかで確実に接触が得られるのである(同5頁左下欄16行ないし右下欄4行)。

(3)作用効果

本願発明によれば、液晶表示装置の表示性能を改善し、製造の歩留りを改善することができるが、同時に、本願発明の方法は、従来の製造方法と両立性を有するものである(公報8頁左下欄6行ないし9行)。

2  一致点の認定について

原告は、引用例記載の「基板8と対向基板10」が「平坦」であるとする審決の認定は誤りである旨主張する。

検討するに、成立に争いのない乙第2号証によれば、昭和54年特許出願公開第53554号公報の「特許請求の範囲」には「2枚の平板状のガラス基板」と記載され(1頁左下欄4行)、「発明の詳細な説明」欄に「液晶表示素子においては、2枚のガラス基板間隔は表示特性に極めて大きな影響を及ぼすため、高精度の平坦度、平行度が要求される。」と記載されている(1頁右下欄6行ないし9行)ことが認められるから、液晶表示装置を構成する一対の基板の形状は、一般に、「平板」あるいは「平坦」と表現されていると解される。一方、本願第1発明の特許請求の範囲には、前記のように「1対の平坦な基板」と記載されているのみであるから、そこにいう「平坦」も、上記のように液晶表示装置の技術分野における技術常識である程度の「平坦」で足りるというべきであって、本願第1発明が要旨とする1対の基板が、技術常識を超えた特に微視的な意味での「平坦」でなければならないと解する理由はない。

この点について、原告は、別紙図面Bの第7図を援用して、引用例記載の発明は基板8に溝を形成し、その溝にソース線(又はドレイン線)を形成するものであるから、基板8は平坦であるとはいえない旨主張する。

検討するに、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例の図面である別紙図面Bの第6図は第5図のⅥ-Ⅵ線に沿う断面図であって、ソース線2が長手方向に(ゲート線1が断面方向に)示されているところ、そのソース線2は基板8の上に形成されていると認められる。一方、第7図は第5図のⅦ-Ⅶ線に沿う断面図であって、ゲート線1が長手方向に(ソース線2が断面方向に)示されているところ、そのソース線2は基板8に形成された凹部内に形成されていると認められる。したがって、引用例記載の基板8には、その内部にソース線2を形成すべき溝が形成されるものと解するのが相当である。しかしながら、前掲甲第3号証によれば、引用例には、上記図示に係る実施例の説明として、「膜厚5000Å成膜してゲート線(1)とする。」(3頁右上欄19行、20行)、「第2ソース線(又は第2ドレイン線)(18)、第2ゲート線(17)(中略)として、(中略)7000Å程度成膜する。」(同頁左下欄2行ないし6行)と記載されていることが認められるように、液晶表示装置を構成するアドレス線はÅ単位の極端に細いものであるから、その内部にアドレス線を形成すべき溝も極端に浅いもので足りることは明らかである。そうすると、たとえ引用例記載の基板8にソース線2を形成すべき溝が形成されているとしても、液晶表示装置の技術分野における技術常識である程度の「平坦」性が失われることはないと解するのが相当であって、原告の上記主張は当たらない。

したがって、本願第1発明と引用例記載の発明とは「少なくともその一方が透明である1対の平坦な基板」を有する点において一致するとした審決の認定に誤りはない。

3  相違点の判断について

(1)原告は、本願第1発明の技術的課題がデータ線とゲート線との交差部の段差によって開路する欠陥をなくし液晶表示装置の歩留りを高めるることであるのに対し、引用例記載の発明の技術的課題はゲート線とソース線(又はドレイン線)との交差部において短絡が多発しやすいという欠点を除去することであって、両者は解決すべき技術的課題を異にする旨主張する。

本願発明の技術的課題が、アドレス線が開路する確率を引き下げ、かつ、製造の歩留りを高める液晶表示装置液晶表示装置の創作にあることは、前記1(1)のとおりである。

しかしながら、成立に争いのない乙第6号証によれば、乙第6号文書には、「ゲート電極204とソース電極202が薄いゲート絶縁膜206のみ介して交差することにもなり、両者間において短絡が多発するという結果を招いていた。さらに前記交差部により生じる段差により、ソース電極の断線も多発していた。本発明は、かかる従来のTFTによる液晶表示装置における欠点を、半導体層の形状を大幅に変更することにより除去するために発明されたものであり」(2頁左下欄8行ないし17行)と記載されていることが認められる。また、成立に争いのない乙第7号証によれば、乙第7号文書には、「特にスパッタによる薄いITO膜とゲート電極ラインとの交差部では(中略)箔切れに起因する断線が多発し、歩留り低下の一大原因となっている。(中略)本発明は、上記の係る欠点を除去したものであり、表示パネルの製造歩留り、品質を向上させるものであり」(2頁右上欄1行ないし11行)と記載されていることが認められる。

このように、液晶表示装置の技術分野において、ゲート線とソース線との交差部における断線の防止という技術的課題は、本出願前に周知の事項であって、本願第1発明の技術的課題に新規性は認められない。したがって、引用例記載の発明において、周知の技術的課題の解決のために相違点に係る本願第1発明の構成を採用することは、当業者にとって格別困難なこととはいえないのであって、引用例記載の発明と本願第1発明とが解決すべき技術的課題を異にすることは、相違点に係る審決の判断が誤りであることの論拠とはなり得ないというべきである。

(2)原告は、引用例記載の発明はゲート線とソース線(又はドレイン線)との交差部における短絡を防止するためソース線(又はドレイン線)2を殊更に「導電性を示す半導体層」で構成しているのであるから、これを「導電金属」に置き換えるという発想はおよそ生じない旨主張する。

しかしながら、本願第1発明は、データ線を導電金属で構成することを要旨としているが、ゲート線を導電金属で構成することは要旨としていない。したがって、本願第1発明のゲート線には、導電金属以外のもの(例えば、導電性を示す半導体層)で構成するものも含まれることになる。一方、前掲甲第3号証によれば、引用例記載の発明は「低抵抗で、かつ層間絶縁の良好な配線構造」(3頁左上欄7行、8行)を得ることを目的とするものであるが、引用例の第5図ないし第9図に示されている実施例記載の構成においては、ゲート線もソース線も2層に配線し、ソース線(2)とゲート線(1)は導電性を示す半導体層で形成し、第2ソース線(18)と第2ゲート線(17)は金属層で形成しており、その結果、ソース線及びゲート線の各々が半導体層と金属層からなっているものと認められ、さらに、引用例には、「従来のマトリクス型液晶表示装置(11)に用いるTFTアレー(7)におけるゲート線(1)並びにソース線(又はドレイン線)(2)は、(中略)アルミニウム等で構成されているので、(中略)ゲート線(1)と、ソース線(又はドレイン線)(2)との交差部(14)で、短絡が発生しやすい。又、(中略)ゲート線(1)に半導体不純物をドープした多結晶シリコンを用い、ソース線(又はドレイン線)(2)に、アルミニウム等を用いた場合は、両配線(1)、(2)の交差部(14)で、短絡がおこりにくい」(2頁右下欄2行ないし14行)と記載されていることが認められるから、「ゲート線とソース線(又はドレイン線)との交差部における短絡を防止するため」には、交差部においてゲート線とソース線(又はドレイン線)のいずれか一方を導電性を示す半導体層で構成すれば足りることは技術的に自明である。そうすると、ソース線及びゲート線の各々が半導体層と金属層からなり、交差部が半導体層からなる引用例記載の発明において、ソース線(又はドレイン線)の半導体層を導電金属に置換することは、当業者において容易に想到し得たことと認められるから、原告の上記主張は当たらない。

(3)原告は、本願第1発明はデータ線の2つの導電層をいずれも導電金属で構成し導電性を高くしているため、すべての画素電極にほぼ同一の信号電圧を印加でき、表示画面全体に一様の輝度とコントラストを得ることができるが、引用例記載の発明ではこのような作用効果を得ることはできない旨主張する。

しかしながら、前述のとおり、引用例記載の発明においてソース線(又はドレイン線)の半導体層を導電金属に置換し、相違点に係る本願第1発明の構成を得ることは当業者にとって容易に想到し得たことであり、この構成を採用した場合において、すべての画素電極にほぼ同一の信号電圧を印加でき、表示画面全体に一様の輝度とコントラストを得ることができることは、当業者であれば容易に予測できた事項にすぎないから、本願第1発明の奏する作用効果をもって当業者にとって予測し難い格別顕著なものということはできない。

4  以上のとおりであるから、本願第1発明の進歩性を否定した審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような誤りは存しない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための期間附加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する(平成10年2月3日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)

別紙図面A

(主な符号の説明)

20、30:基板

31:ゲート線

32:データ線

38:大地平面電極

39:画素電極

〈省略〉

別紙図面B

1……ゲート線、2……ソース線(又はドレイン線)

14……ゲート線並びにソース線(又はドレイン線)の交差部

〈省略〉

〈省略〉

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